臨死体験の芸能人/有名人16人の実話体験談・エピソード(その7)

オカルトとか不思議な話。wondia『ワンディァ』さんの記事より、

16人の内、馳浩さんんと川津祐介さん、お二人の臨死体験。

馳浩さんは新日本プロレスや全日本プロレスで活躍したプロレスラーです。

1995年から衆議院議員として活動し、2006年にはプロレスラーを引退しています。

2021年7月には、石川県知事に立候補する予定であることを発表しました。

馳浩さんは1990年6月、プロレスの試合中にバックドロップで受け身を取り損ねて、

左のこめかみからマットに落ちてしまう事故がありました。

この時馳さんは意識朦朧となり、何とか試合を終えたものの、セコンドに就こうとした途中で

心肺停止状態となります。

リングドクターの処置で1分後には心拍再開して病院に搬送され、翌日には意識を取り戻していますが、馳さんはこの時に臨死体験をしていて、体外離脱し、倒れている自分の身体を見ていたそうです。

私)プロレスラーから衆議院議員になり、石川県知事を務められた馳浩さんは、

星稜高校の時からアマチュアレスリングを始め、専修大学ではレスリング部の主将を務める傍ら

教員免許を獲得、文学部国文科を卒業後は母校の星稜高校で国語科教諭として教鞭を執られて居たそうです。 奥様はなんと、あの可愛い高見恭子さん。

家族がプロレスを見ていた時には流血が嫌で目を覆って居ましたが、衆議院議員になられた時の写真を見て、プロレスラーだったと思えぬ優しそうな方だと思いました。

リンク外では日本文学風土学会会員で、文学論・スポーツ論・人生論・教育論に長けている方です。

未だ未だ健康で活躍して下さる事を願っています。

俳優の川津祐介さんは、『ザ・ガードマン』、『スパイキャッチャーJ13』『Gメン75』などの代表作を持つ俳優です。『こんなにヤセていいかしら』と言うダイエット本がベストセラーになり、

骨盤体操を流行らせた人でもあります。

川津祐介さんは『3回死んでわかったこと』と言う著作の中で、3回の臨死体験を語って居ます。

一回目の臨死体験は19歳の時です。 19歳の時に自殺を図った川津祐介さんは、真っ暗な世界に引きずり込まれそうになって居ます。

34歳の時には撮影中に事故に遭いましたが、この時は明るい世界に引き上げられていく感覚になり、

体外離脱を体験しました。

60歳の時には心臓左心室壊死で大手術を受けましたが、この時にも臨死体験をしています。

さらに2011年の76歳の時にも手術を受けていてこの時は繭のようなボートに乗って居る臨死体験をしたそうです。 合計で4回も臨死体験をしたんですね。

私)川津祐介さんは、慶応大学医学部に通われていて、お医者様になられる予定だったようですが、

映画監督だったお兄様が師事されていた木下恵介監督に誘われ、慶応在学中に

「この天の虹」でデビュー、大島渚監督の「青春残酷物語」の主役で注目を浴び、

鈴木清順監督の「けんかえれじい」でけんかの達人を好演しました。

絵画や陶芸も手掛け、越前市いまだて芸術館の館長も務めて居られました。

2022年に心不全でお亡くなりになりましたが、人生トントン拍子、幸せな方だったと思います。

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