臨死体験の芸能人/有名人16人の実話体験談・エピソード(その6 )

オカルトとか不思議な話。windia『ワンディァ』さんの記事より、

16人の内前田忠明さんと、保坂尚希さん、お二人の臨死体験。

験談・エピソード【11】前田忠明さん

前田忠明さんは、女性自身の記者から フジテレビ専属の芸能レポーターに転身し、

長年芸能レポーターをして居ました。

前田忠明さんは、1990年の冬に胸痛を感じて、病院に駆け込んだら、そこで意識を失い、

臨死体験御をすることになりました。

体がふわーッと浮いた状態になり、ドアが開いて、光が差し込んできて、

もう一人の自分が手招きをして居ました。

向こう側の世界は、今迄見た事ことがないようなきれいなお花畑になっていたそうです。

”僕は自分を呼ぶもう一人のぼくに「まだ行かないよ、まだ行きたくない」と言いました。

するとさっきまで開いていたドアがパタンと閉まって、また真っ暗な状態に戻ってしまいました。

前田忠明さんは23時間意識を失って居て、その内の1分間は心停止していたとの事です。

私)前田忠明さんは優しそうな方だと思って居ました。

2022年に脳梗塞で倒れ、 お亡くなりになって居たのですね。

臨死体験でのお迎え現象に、自分自身が手招きをしたって、分身の術でみたい、

普通にお迎えのご両親とか、お身内の方が現れなかったと言う珍しいお迎え現象。

今は、あの世で色々な方に大事にされ、優しく慕われて過ごされていると思います。

体験談・エピソード【12】保坂尚樹さん

保坂尚樹さんは、若い頃はイケメン俳優として活動して居ましたが、一度仏門に入りました。

2010年ころは俳優としての活動よりも、通販番組への出演などが多くなり、

通販分野で大成功を収めています。

保坂さんは、子供の頃にランドセルを背負った状態で車に踏みつぶされ、

1週間意識不明の重体になったことがありました。

この時臨死体験をしていたことを2018年に「特盛!よしもと今田・八光のおしゃべりジャングル」

で話して居ました。

” 意識がない間については「三途の川みたいなところを逆走して、おばさんから『こっちに来ちゃだめよ』って言われた」と明かしました。

保坂さんは無事に意識を取り戻しましたが、4カ月も入院することになったそうです。

私)6歳で車に轢かれた保坂尚樹さんの壮絶と言える人生の記事を読んで、

7歳のお誕生日3日後にご両親の心中自殺、  

静岡新聞の見出しに 「涙誘う残された2児」。 

その後お婆さんと妹の3人暮らし 

「シンジュ(心中)の子」と呼ばれたり「ハッチ(みなしごハッチ)」と言って苛められながら、

お婆さんに負担をかけないように、お手伝いをしながら暮らすも、 

お婆さんは2年ほどして、脳溢血で死去。 

叔母さんに「お前たちのせいだ」と言われたそうです。

亡くなったご両親を恨むことなく、今でも月命日には墓参をし、年に一度富士山頂で祈りを捧げる。

ご自身の著書「理由(わけ)」の中でこんなことが書かれていたそうです。

・熱帯魚が欲しくて買い替えに来るお客さんの熱帯魚を貰う為、お小遣いを貰って手伝っていた。

・鯉の引っ掛けと言う一回100円の鯉を釣るゲームで釣った鯉を、デパートの屋上で500円で

 買ってもらって居た。

・鯉で稼いだお金でハツカネズミのペアを買って、子供を産ませて1匹50円で売って、

 あっという間に万単位を稼いだ。  小学生の頃からビジネスをしていた驚きの方です。

13歳でスカウトされ、映画界に~、2000年には腹膜炎の破裂で8時間に及ぶ手術、死の、一歩手前。 

その後2度目の奥様の不倫で離婚。

「仏門に入って、修行しながら子供達の相談に乗って上げられたら」と希望して出家されました。

芸能活動は続けられていて、通販で抜群の才能を生かされています。

不幸にめげず、 亡きお母様が守っていて下さって居る「努力の方」ですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です